3.16〜3.17 「現代短歌」5月号の発売・卒業式

3月16日(土曜)

○お母さんが作ってくれた だし巻き卵を食べてから、お父さんに松江駅まで送ってもらう。卒業式のために、1人で香川県へ行く。

○13時前、高松駅に到着。ホテルのチェックインまで2時間も余裕があったから、まず、高松港に向かった。

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○船が1隻出発するのを見送ってから、商店街の方へ歩いた。ホテルに着いて、スーツケースを預かってもらった。

○身軽な状態で、書店「ルヌガンガ」に入店。寄稿した「現代短歌」5月号を、レジ前のコーナーで発見した。すぐさま手に取った。自分のページをまず見た。P.45。(「うわー。すげー。ほんとに載ってる・・・・・・。俺の短歌が、本に・・・。乾さん、本当にありがとうございます・・・」)実家に謹呈本が届くのに、我慢できなくて、買うことにした。

○レジで、「これ、入荷したばっかりで〜」と話してくれた店主の中村さんに「これ ぼく載ってるんですよ」と言ってみた。そしたら「おめでとうございます!どこのページですか?」と訊いてくれて、P.45をひらいて 少し読んでもらった。奥さんも わざわざ出てきてくださった。そしたら、僕のことを覚えてくださっていたみたいで、「あ!」という顔。

○1月末。両親をルヌガンガに  連れてきて 平岡直子・我妻俊樹『起きられない朝のための短歌入門』を買ったとき、奥さんに「みなさんは、短歌のお仲間ですか?」と声をかけて頂いた。それで「ちがいますよ!親子です」と言ったら、「すみません!お若く見えて、学生かと思って」と すごく慌てておられた。そのときの息子さん、として覚えてもらえていて嬉しかった。会計を済ませて店を出る。「来られた方に自慢しますね〜」「おめでとうございます」と見送ってもらえた。「ありがとうございます」と たくさん言った。

○田町商店街のカフェテラス「グレコに入って、いつものナポリタン。この4年間、香川県で一番食べたのは、うどんよりナポリタンだった。相変わらず美味しい。落ち着きを取り戻した。

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○古本屋「YOMS」に行って、秋月祐一『この巻尺ぜんぶ伸ばしてみようよと深夜の路上に連れてかれてく』を購入。会計が終わってから、店主の齋藤さんに、買ったばかりの「現代短歌」5月号を見てもらった。原民喜のことを書いた卒論で、明日 優秀賞が貰えることも伝えた。原民喜の全集は、YOMSさんで買わせて頂いた。飯田有子『林檎貫通式』も、永井祐『広い世界と2や8や7』も、穂村弘『短歌の爆弾』も、ここで買った。本当に、「おかげさまで」って感じ だったので、自分なりに感謝を伝えた。また来ます、とも約束した。

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○ホテルの部屋に入って、すばやく荷解き。ドキドキしながら「現代短歌」5月号をひらいて、対談から読んだ。ひとりひとりに しっかり触れていく対談で、「名前出してもらえてるよね?」と期待して、P.82 をひらいたら、がっつり出てて、ほんと、動悸がした。この企画に参加したこと・読んで思ったことについては、改めてちゃんと しっかりした文章を書きたいから、日記の中では あとひとつだけリアクション。

拙作→ 〈帰省超楽しかったけど突き指にカットバン貼ってもらった感じ〉を、瀬戸夏子さんが「すげーいい歌だと思う、これ」と 言ってくださって、それに対する 乾遥香さんの相槌が「うんうん、良いんですよ。」だった。

ほんと応募してよかった〜!

○夜、なかなか眠れない。不定期更新の日記が素敵で、勝手に慕ってる N先輩がインスタライブをやってたので、そこに入る。N先輩は爪を整えながら、短歌の話をしてくれた。歌集を手に取るようになったきっかけや、好きな歌集(上澄眠・山田航)を教えてくれた。優しい声で落ち着いた。少し日付を超えて、ようやく眠くなってきた。

 

3月17日(日曜)

○午前3時43分に起床。起きたばっかりなのにもう目が疲れている感じがする。

◯卒業式。式の進行をする先生って、かっこいいな〜と思う。

○学科ごとに分かれて、講義室で最後のホームルーム。日本文学科の教授全員からお話があった。自分のゼミの先生の話が一番良かった感じがして、先生のゼミに入って良かったな、と思った。卒論で優秀賞をもらった。貰えたのは、楯だった。期待してたお金系じゃなかったけど、それでも嬉しい。ぺらぺらの紙1枚より、重さがある楯の方が、「おめでとう」の感じが ずっしりきて、いいのかもしれない。

○すべて終わってから、数人と写真を撮った。そこからけっこう散々だった。一番仲良かった友達とはぐれたり、お世話になった先生に ちゃんと挨拶できなかったり。卒業式の終わった後の、外にみんなが出て、談笑?して、撮影して、みたいなのが俺は少し苦手で、いつもならそういうのサッと終わらせて、お父さんお母さんとすぐ合流してサッと車で帰るんだけど、強がって2人に「来なくていい」とか言ったのが間違いだった。来てもらえばよかった、と心底思った。久しぶりに泣きそうだった。こういうときに楯はいい。教育実習生が不安なときにクリップボードを胸のところで 腕をクロスさせて ぎゅっと持つ感じで、楯の入った箱をぎゅっと持った。早く褒めてほしかった。友達に「すごいねー」と言われるのもうれしいけど、卒論の賞も 短歌の掲載も、家族と一番に喜び合いたかった・・・・・・。あーあ!早く帰りたい。

○大学から逃げるように出ると、ちょうど お母さんから「届いたよ〜」とLINE。「現代短歌」5月号、ついに実家に届いたらしい。「俺が帰るまでに読んどいてね〜」と返信しながら、2月の上旬まで住んでいたアパートに向かった。まだ誰も住んでいない感じだった。俺が置いて出た、ホウキとチリトリが ドアのすぐそばにあった。

○俺と同じように1人で卒業式に来ていた□□くんが、アパートまで迎えに来てくれた。ホテルの駐車場に停めて、フロントに預けていたスーツケースを引き取って そのまま、またルヌガンガに行った。□□くんは「現代短歌」5月号を買おうとしてくれたけど、売り切れだった。代わりに紅茶の本を買っていた。

高松駅でうどんを食べたあと、リトルマーメイドでコーヒーを飲みながら、俺が持っている「現代短歌」5月号を見てもらった。掲載までの経緯とか、10首の並べ方・ショートエッセイの内容を 乾さんが親身になって一緒に考えてくださった事とか、メンバーのやばさとか、乾さんと瀬戸さんに褒められたことがどれだけ俺にとって嬉しいことか、みたいなのを ばーっと喋った。□□くんは聞き上手で、だからたまにアパートに呼んだりした友だちで、今日も聞き上手で、楽しかった。その場でネット注文も してくれた。改札の近くで、握手して別れた。

○高速バスの中。Apple Musicで シャッフル再生してたら、久しぶりに 桜田淳子の『20才になれば』が 流れてきて、リピート再生にした。

youtu.be

困らせてるわ わがまま言うわ 19のうちに・・・・・・(中略) 20才になればひとりで探す 心の枕 ひとりで探す・・・・・・

○作詞・作曲は中島みゆき。ハタチになれば、未練が断ち切れて、1人で自立して生きていけると、そう信じている女の子の歌。俺も似たような感じだな、と聴きながら思う。社会人になれば、学生生活でずっと感じていた不完全燃焼のやりきれなさを、切り替えられると信じてる。香川県への未練はあって、大切にしたい思い出があるけど、教員になれば「頭にいろんな子の名前と背景とリアルタイムの人生が入」ってくることになる。これも、今回のアンソロジー企画で 先輩から学んだこと。どんどん記憶の新陳代謝が始まって、大学生活のこと、香川での思い出も失われていくんだろうな、と思う。覚えてるうちに短歌にすべきかな?と焦るけど、今はまだいいかな、とも思う。今はフレッシュに、4月からの仕事に備えたい。でも短歌の仕事も超したいな。できるかな? とにかく、やるべき事と、やりたい事のバランスをうまくとろう。

松江駅にお父さんが迎えにきてくれた。「みんな家におる?」と訊いたら「みんな待っちょーわね」と言ってくれた。

○玄関あけると、お母さんが出迎えてくれた。妹たちも部屋から出てきた。リビングには「現代短歌」5月号が4冊もあった。謹呈本も届いていた。荷物を下ろして、卒業証書・卒論の表彰状・楯・記念品を机に出して、写真撮影をした。掲載までの乾さんとのやりとりを自慢したり、思いつき方とか、10首がそれぞれ完成形になっていくまでの変遷を解説したりした。俺が、1月の後半からずっと、周りの人に「乾さんが」「乾さんが」と大騒ぎしてたので、無事発売日を迎えて 家族はそれが一旦収まると思っていたみたいだけど、俺は本を手に入れて対談を読んで、もう余計に「乾さん、乾さん」にブーストかかって、そこに「瀬戸さん」も加わって・・・・・・。卒論の話もした。楯を飾る場所に悩む。

○そのあと、卒業式のネクタイを自分で結ばずに、お父さんに前夜、ほとんど完成に近い形にしといてもらった ことが お母さんにバレて、普通に怒られた。練習する。

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